Asterの花言葉と生息地
Aster(アスター)、
記憶や追憶と結び付けられるこの花は「あなたを忘れない」という花言葉を持ちます。
日本では紫苑(シオン)といい、古くは平安時代から栽培されているといわれ、シベリアを原産とし、そこからモンゴル、中国、朝鮮半島、そして日本にかけての陰がある湿潤な一帯に生息しています。
Asterの特徴
この種は一年の大半は葉を地面に対して平行に、放射状に広げたロゼットと呼ばれる姿を呈します。
秋の初め、それまでとは一変して茎は斜めに立ち上がり、地面に対して垂直に太く真っ直ぐに伸びてゆきます。
表面がかさぶたのように粗く玄武岩のような葉をつけた茎は、やがて背を伸ばし、高さは2m近くに達します。
その過程で、茎の上部では枝分かれしたそれぞれの尖先から花を咲かせます。
茎の頂上では、周囲に淡い紫色の舌状花が一重に並び、中央には筒状の黄色の花が身を寄せ合い、花序の全体を見れば、なだらかな円錐を形作っています。
開花とともに落葉し、葉が折り重なった地面の深くにおいて、肉質の柔らかな根はやがて木質化してゆきます。
この植物は多くの花を咲かせるため、ミツバチやオオカバマダラといった花粉媒介者を多く引き寄せます。
Asterの中国における歴史
紀元2世紀から3世紀、中国が漢と呼ばれていた時代、その頃に成立した『神農本草経』(しんのうほんそうきょう)という医学書に、もしくは人の歴史の中にこの植物の名は現れます。
時代は下り、5世紀から6世紀にかけ生きた陶洪景(とう こうけい)という南北朝時代の科学者によって編纂された本書の異本において、シオンの茎に生える毛や基底部の葉、紫色の舌状花や柔らかな根について記されています。
特にその柔らかい紫色の根が茂る様子から、この植物は中国語で「生い茂る紫色」を意味する”紫菀(zi wan)”という名で呼ばれています。
Asterの日本における歴史
和名では”十五夜草(ジュウゴヤソウ)”や”思い草(オモイグサ)”、”勿忘草(ワスレナグサ)”とも呼ばれるAsterは、平安時代に作られた『今昔物語』にも登場します。
その時代において、父の死と、兄弟のそれぞれが選んだ道に纏わる物語がありました。
兄も弟も、父の死を嘆き、悲しんだ末に兄は父を忘れて前へ進むことを選び、墓には1日しか咲かない萱草(カンゾウ)という花を供えました。
弟はそんな兄を憂い、父との思い出を忘れないよう、墓には紫苑(シオン)を供えました。
この逸話から、萱草は忘れさせる力があることから別名”忘れ草”と呼ばれるのに対し、紫苑は忘れない力を持つことから、故人の象徴として”勿忘草”と呼ばれています。

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