人類史におけるPassifloraの始まり
16世紀、スペインとポルトガルのイエズス会宣教師たちは、布教のために南米の熱帯雨林へと入りました。
彼らはそこで、それまで見たことのない奇怪な花に出会います。
放射状に広がる無数の細い糸、整然と並ぶ花びら、3本に分かれた柱頭と5本の雄蕊——宣教師たちはその精巧な構造の一つひとつに、イエス・キリストの受難の場面を重ね合わせました。
Passiflora(パッシフローラ)--その実がパッションフルーツとして知られる植物は、宣教師らに発見された当時このように表されました。
花の3つの柱頭は磔刑に用いられた3本の釘を、
5本の雄蕊は聖なる5つの傷を、
放射状に広がる副冠は茨の冠を、
10枚の花弁と萼はユダとペテロを除く10人の使徒を、
巻きひげは鞭を、
葉は槍を、と
花のすべてがキリストの受難を伝える物語として読み解かれたのです。
宣教師らはこの花を Flos Passionis(受難の花)、スペイン語では Flor de las Cinco Llagas(五つの傷の花)と呼び、先住民への布教のために用いました。
400年前、マルタ騎士団の一員であり歴史家でもあったジャコモ・ボジオ(Giacomo Bosio)はこの植物の図と乾燥標本を元にこの象徴解釈を文書として確立し、その名は広くヨーロッパへと伝わっていきました。
Passifloraの名の由来と花言葉
もしもあなたが、パッションフラワーという名前を聞いたときに最初に思い浮かべるのは情熱的な赤い花かもしれません。
しかしこの花の名が示すのは、恋愛の情熱のことではないのです。
ラテン語で「苦しみ・受難」を意味する passio(パッシオ)、そして「花」を意味する flos(フロス)——この二つの言葉が合わさって、属名 Passiflora(パッシフローラ)は生まれたのでした。
1753年、現代植物学の礎を築いたスウェーデンの植物学者カール・フォン・リンネは、世界で初めて二名法を用いた書である『植物の種(Species Plantarum)』を執筆しました。
二名法、それは植物の特徴の説明文がそのまま学名として扱われていた時代を変えた方法です。
その方法の下で学名は、例えばヒト属ヒト種というように、2つのカテゴリー名により構成されます。
彼はこの著書において、Passifloraという属名を正式に採用し現在その名称は用いられています。
和名、トケイソウの名の由来
そして、和名の「トケイソウ(時計草)」、これは別の観察眼から生まれた名前です。
放射状に展開する細いフィラメントが文字盤の目盛りのように見え、3つに分かれた雌しべが長針・短針・秒針のようにそびえる姿が、掛け時計を想起させるとして、この名が付けられました。
同じ花を見て、ある人はキリストの受難を、ある人は時計を——文化と視点の違いが、一つの植物に全く異なる名前を刻み込んだのです。
日本の花言葉は「聖なる愛」「信仰」「宗教的熱情」です。
いずれもこの花がキリストの処刑を象徴する花とされたことにちなむ言葉であり 、16世紀の宣教師たちの眼差しは、花の名を越えて、花言葉の中にまで生き残っています。


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